いすゞのマニアックな車で
ヴィークロスというRVがありました
・・最近の若者
いすゞが乗用車作ってたこと
知らなかったりして(^ ^;)
俺で言う昔日野自動車って
乗用車作ってたらしいよ
あ、あれあれ日野コンテッサ、すげー
と同じノリ位かも
私神奈川の湘南台の近くに住んでるので
ここはいすゞの本拠地
今でもいすゞの乗用車結構生息してます
ヴィークロスはこれ↓
元は普通のビッグホーンベースだが
この斬新なボディデザインが気に入った
・・私に気に入られると
だいたい売れないんだけど(^ ^;)
自販連の統計によると国内登録台数は
1997年:1,076台
1998年: 437台
1999年: 234台
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合計 1,747台
しか売れなかった超希少車
AZ-1の約4,000台よりも少ない
ウィキペディアによると
デザインは当時いすゞのデザイナー
中村史郎氏が絡んでたようだ
(今は日産で有名な方)
なになに
いすゞ117クーペの
ハンドメイド部隊も絡んでたの?
117クーペ・・往年の名車です
ハンドメイドが売りだった車
(諸事情もあったようですが)
ドラマ不毛地帯にもフィクションで出てきました
私の親戚のお兄ちゃんがいすゞですが
当時ジウジアーロデザインの
トランクフードパネルの曲線は
プレス機じゃ表現できなくて
トランク専門の板金の職人おっちゃんが
ラインで待機してたんだと
たま~に117流れてくると
やおらおっちゃん動き出して
トンテンカントンテンカン
1台ずつ叩き出しやってたんだって
へぇ
今となっては逸話です
昔はそういうメカのこだわりというか
機械美があったように思うな
今の自動車にはほとんどないでしょう
ボディワークによる価値創造で
象徴的なのがこの車↓
バブル狂乱の真っ只中(1989年)
鬼のようなプレミア価格を誇った
その価格数千万から1億とも
・・中身はただの日産レパードなのにね(失礼^ ^;)
山下町の綺麗なショールームに
飾ってあったっけ..
今と違い飲めや歌えや大騒ぎの時代
今となっては懐かしいです
もう1つボディワークで覚えてるのが
同じく1990年頃
東神奈川の中古屋で売ってたんだけど
ジムニーのリフトアップに
ミニのボディ載せてたの
売ってたんだよな~
ジムニーは今もそうですけど
ラダーフレームにボディの箱載ってるだけなので
ボディを換えようと思えば
換えられちゃうようです
うまく職人が加工すれば
似たようなサイズのミニのボディが
載せられるようです
当時ミニに乗ってて
なん~じゃあれは!?と目が点になったが
まあそれほどジムニーに興味はなかったので
流していたが
・・ジムニー乗ってる今すんげー気になる(^ ^;)
もう一度お目にかかりたいですね
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