2010年12月18日土曜日

車の行く先

金曜朝は横浜の最低気温3.5度でも
泉区は0.1度だった・・田舎
ま、北海道住んでた頃は-20度当たり前だったけど

帰り床屋で髪切って
切った髪のあまりの白髪にびっくり
もう年金もらってもいい位の雰囲気

電力は正確に言うと
大口顧客(100Vで500A以上)は小売自由化されてるんだな
ちょっと大人のドロドロした部分はあるみたいだけど↓
現場はとても頑張ってるようだ↓
東京電力の電気の安定供給、原価の低減

電気は目に見えないエネルギー
ガソリンとは違う
車のハーネスも無線通信化が進んでる(CAN
通信は目に見えない
車の制御もソフトウエアの時代
プリウスなどはソースコード1000万行オーバー
プログラムは表示装置がなければ目に見えない
つまり車は「見えない化」が進んでる

インジェクター制御でメカニカルなキャブはなくなり
マニュアルミッション車もクラッチペダルは完全になくなった

ベスモのR8も、SLSも、F430も、911も、R35GTRも
クラッチペダルはない、全て電子制御だ

今やフライバイ・ワイヤでブレーキの接続やハンドルの接続さえも
目に見えなくなろうとしている

ある意味、車のコアの設計や制御は
2次元の設計図的なところから始まって3次元に発展し
・・次元の存在しない0次元に進んでやしないだろうか
イメージ↓

目に見えないもの=リアリティがないともとれる
感性の趣味的な乗り物として見た場合それはどうだろう?
一昔前のスポーツカーは人間の五感を駆使して操った
間にパワステが介入するのでさえも嫌った
NSXのタイプRがそうだ

実はここにもパワステがないスポーツカーが↓

運転操作の醍醐味
親しい友人が乗ってたチューンドR32GTRは
壁のような強化クラッチを踏み
ひとたびブレーキを踏めばフルメタルパッドの鉄の感触が
ゴリゴリゴリーッとペダルを通して足の裏に伝わってきたものだ
それが官能的とも言える

そういった人間の気持ちから離れていって
車は終わってしまうのだろうか

別の見方で
車は目に見えない「意志」を持ち始めた
自動制御
ESC横滑り防止装置などは車の挙動に合わせて
俺に任せとけ、あらよっと車が勝手にコントロールしてくれる
その能動的な制御が今後進化して人間の意志とシンクロし
人間の欲求を満たすような動きをすれば・・
満足度は高いのではなかろうか
ある意味、機械ができる以前の
意志と心を持った馬に戻るような・・相棒として

意志によるメカ・コントロールの究極の例は
ガンダムのララァだろうか
えーとウィキペディア・・あった
うおっここのララァの解説完璧↓
すごいなーウィキペディア
そういえばいつも使わせてもらってるので
昨日1万円寄付した(トップバナーより)

但し余談だが目に見えないものは恐い
ひとたび誤れば人間に無言で牙をむく時も

レースカーの例・・メタノール燃料系の火災事故
炎が目に見えないため着火しても気が付かないのだ
ユーチューブ2つ↓
これは人間が踊っているのではない、燃えているのだ


明日土曜から家のレストア(リフォーム)開始

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