2016年3月10日木曜日

いい車づくりの、条件

今日は帰りに義理ホワイトデーのお返しを買っていこう
(まんまと菓子業界の罠にハマる私笑) 

やっぱ昭和な人はペコちゃんポコちゃんだろう!

ちょっとお子様なお返しを買いました笑

tac1211jpさんの昭和ファイナルのGPZ400Rが仕上がりました
http://ameblo.jp/tac1211jp/entry-12137699454.html
古いバイクはいい感じですね

さて、あの悪名高き綾瀬バス停付近に(渋滞情報で連呼される笑)
スマートインターチェンジができるとか
http://www.pref.kanagawa.jp/cnt/f7356/p27199.html

へぇ~(写真拝借)

これができるとマンモスうれPのですが
家からすぐ高速乗れるから

このバイクであんまり下道走りたくないんだよな笑
日本は道路環境に恵まれてます

日本車は昔、スーパーカーは作れなかったと言われてるけど

確かに私が生まれた年、1966年には
海外には超絶12気筒のスーパーカーが既にあった

でもいろんな博物館に観に行くと、それは
「日本は作れなかったんじゃなくて、走る所がなかった」
ことに気付く

事実、サーキット用の車なら
日本も高度な12気筒車を開発していた

ホンダ・もてぎコレクションホールを見てみましょう

この車は1967年製です

この芸術的な12気筒エンジンを見よ

こんな美しくて速いマシンが、日本車であったんだ

その頃まだ日本には高速道路もなく
東名が開通したのは1968年頃

広い首都高の湾岸だってできたのは1976年頃だ
高速がなけりゃスーパーカーを出しても意味がない笑

サーキットの狼ミュージアム

1969年のニッサンR382(レーサー)

やはり強力な12気筒車がありました

しかしこのエンジンの真ん前に乗るのすごいなあ笑

高度なリヤラジエターのディフューザー処理も確立してました

迫力の後ろ姿

とても47年前の車とは思えません

こんなモンスターが

既に疾走していたんだ

だからいいロード・ゴーイングカー(市販車)を作るには
「インフラ」も大事なんだろうね

思えば歴史に残る名車・R32GTRが出た時も(1989年。後ろの白い車)
(東京オートサロン2016)
今でも一線級です

時を同じくして横浜ベイブリッジが開通した(1989年)
(ごめん下からだけど笑)

スーパースポーツカーに見合う道路の完成だ
この相乗効果のおかげで
日本のスポーツカーシーンが一気に飛躍した 

ジムニーには似合いません笑

高級車レクサスは日本で登場した時鳴かず飛ばずだったけど

レクサスに値する高速ができたり(新東名)

280馬力規制の撤廃も進んで
のびのびとスポーツカーを作れるようになりましたね
最近レクサスかっこいいもんね

販売台数も3年続けて過去最高を記録してるのだとか

いい車づくりは、車だけでない、周りの環境も重要だ
そんな気がしました

現在神奈川区間も新東名を建設してます
もっと快適に走れるようになりそうです

早く完成してくれ! 私が老いて運転できなくなってしまう笑

そんなことを願ってるのでした

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