2016年2月3日水曜日

悲運の過給機付きバイク、Ninja H2の登場まで30年

今日は帰り東神奈川の姉の家へ寄って
実家売却関連の資料を渡してきました
原付だとどこでもスイスイいけます

ヤマハJOG50に30年前の限定カラー!が出ましたが(写真拝借)
http://response.jp/article/2016/02/02/268996.html
知ってる人いないよ~笑 もう当時の色なんか

これでしょ(写真持ってるのか!)
磐田のヤマハ・コミュニケーションプラザにあります笑

今月号のヤングマシンに、気になる記事がありました

1980年代、日本にもターボバイクを出そうとした形跡があった
(ホンダ)
それは日本で一番人気のあった
中型「250ccクラス」のターボエンジン

しかし当時はメーカ同士も仲の悪い時代
HY戦争」等の真っ只中では他のメーカの猛反発にあったらしい

結果的に当時の運輸省の形式認可も下りず「お蔵入り」になったらしい
「VT250F TURBO」なんてあったんだね・・知らなかった

他のメーカの反発にあってお蔵入りになった車バイクは
他にもあります

「マツダ・シャンテ・ロータリー」(写真は伝説の雨宮シャンテ)
軽自動車でロータリーのハイパワーを狙ったマツダは
他のメーカの反発にあう

雨さんだけが公道でそれを実現しました

「VT250F TURBOが認可されなかった他の理由」

当時は「3+1ない運動」の真っ最中
16歳の若者は法的にバイクに乗る権利があるにも関わらず
バイクに乗れない運動が盛んだった位
バイクは危険な乗り物で、敬遠されていた
そこにいきなり「スポーツ・ターボ」は通らなかったのでは

実際車はターボの認可を取るのがうまかった

まずは「燃費の向上」を理由に(建前に)
おっちゃんセダンの「セド430」で初めてターボ車の形式認可を取り

一度既成事実を作ってしまえば
次はスポーツ・ターボの「ジャパン・ターボ」に移行していくという
してやったり的なターボ車の認可を進めていったが

バイクはそもそも燃費うんぬんの世界ではなかったため
建前が作れなかった
いきなりスポーツ・ターボを持っていってダメ出しをくらった

結果論だけど
「ホークⅡターボ」位だったら、認可されたかもしれない

もし当時ターボ車が認可されてたら
その後バイクのターボ車が隆盛を誇ったら
今の時代どうなっていたんだろうか?
ガラッと違うバイクの世界になっていたかもしれない

もう一つ理由があったとすれば
250ccがターボで高性能になって、それで済んでしまえば
「250ccは車検が無い」
陸運当局の実入りが減る・・そんな国の本音の事情もあったかもしれない

「では400cc・・CBX400F TURBOだったら認可は通っていたか?」
これなら車検ありだ、国の歳入にも影響はない、と思うが
これも認可はされなかっただろう

当時、国は免許制度で大型バイク、すなわち速くて危ないバイクを
事実上乗らせなくした
それがヨンヒャク・ターボでナナハンと同等の性能になってしまっては
せっかくの免許制度が骨抜きになってしまう

ゆえにこれも実現性は低かった

「そもそも日本でターボ車を出しても、流行らなかったんじゃないの?」
確かに輸出用の大型バイクのターボ車は
みな一代限りで世を去ってしまった

しかしそれは外国は排気量の上限がなかったからで
大型バイクは排気量を大きくすることによって
ターボの存在価値を無くした

日本の中型バイク(250、400)は様々な上限があった
それぞれを境に車検の有無、免許の有無・・
その枠内で最大限の性能を実現するには
過給機は有効だったはずだ
もし市販が実現していたら、世の中は変わっていたかもしれない

かくしてホンダは4スト・ターボでのばん回もかなわず
Mr.ポップ吉村をして「ミミズ」と呼ばせた
2ストローク・ハイパワーの原始的なエンジン開発に甘んじることとなる
一度認可をしくじった「国内二輪のターボ車」は
その後「タブー」となり、30年間過給機付きのバイクは登場せず
「失われた30年」となった

「1990年代に二輪ターボ車復活のチャンスがあったのでは?」

時は「ターボ世代」
四輪の世界はターボ車が時代を謳歌した
その時に二輪車も出せばよかったのではないか?

確かにそうだが、当時時代を揺るがす大きな出来事が起こった
「黒船来襲」
(写真は横須賀のペリー来航記念碑笑)

米は貿易摩擦を盾に日本の二輪免許制度を
「ここが変だよ日本人」と限定免許の撤廃を要求し
ハーレーの輸入を迫った

1996年「開国」
大型二輪免許はあっけなく教習所で誰でも取れるようになった

つまり、頑張って250ccや400ccのターボ車を作らなくても
大型バイクを売れば性能のいいバイクをユーザに提供できた
日本の「ベルリンの壁」は無くなってしまい
トラバントで頑張らなくてもよくなったわけだ

こうして再度の二輪ターボ車登場の夢は幻と終わる

「そして神戸じゃなくてカワサキNinja H2の登場」
三度目の正直、第三次「過給機付きバイク」登場のチャンス到来

2010年代、世の中は環境エコロジーから
「ダウンサイジング・ターボ」時代に突入
ついにバイクにも過給機が認められる日がやってきた

「しかしNinja H2のようなスポーツ・バイクはエコロジー対象外では?」

たしかにそうだけど
このバイクは意外にもエコロジーに気をつかってるのが分かる

「エコマーク」が点くのだ!
こんなマークが点くスポーツバイク、初めて見た笑

またカワサキが開発している
「バランス型スーパーチャージドエンジン」も
エコ優先の開発でしょう
こうやってNinja H2はなんとか日の目を見た
インポートモデルという形は取っているが
実に30年の時を経て、日本人に過給機付きバイクを
正規販売することができた
めでたしめでたし

・・しかしNinja H2の苦悩は終わったわけではない
ありのままの姿をレリゴーと魅せると、それはメーター読み400km/h!にも迫り
そんな怪物を公道に放ってよいのか?

苦慮の末、カワサキが出した答えは
「非公道版のNinja H2Rと、公道版のNinja H2の線引き」
「将軍と影武者」のような戦略を取らざるを得なかった
でなければ将軍すらその存在が危ぶまれた

そんな事情も知らず、私のようなシロウトに
「Ninja H2はリミッターかけ過ぎ」とブーブー言われる有り様に・・
(ううごめんなさい・・)
これでまた私が安易にすっ飛ばして
過給機付きバイクの印象を悪くし
また規制がかかる可能性もあります・・
「出過ぎた杭は打たれる」

ライバルメーカが
Ninja H2を超える過給機付きバイクを出すんだと
モンモンと始めたら・・世の中は危険な戦国時代に逆戻り

実は今後過給機付きバイクが登場するチャンスは
また低くなっていくのかもしれません

「歴史は繰り返す」
過給機付きバイクはどうなっていくんでしょうね・・

4 件のコメント:

  1. CX-TURBOでましたね。私が初めて乗ったヨンヒャクは弟分のCX-EUROでした。懐かしい。
    シャフトドライブのバックトルクがでるマシンでした。コーナーリング中にラフにアクセルを開けると、車体が起き上がってビックリでした。
    ターボは当時の制御技術ではドッカンターボになってしまい危険というイメージが強かったかもしれません。
    今の制御技術なら十分ありかも。

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    1. し、CX-EURO!
      珍し過ぎる、さすがkumarangerさん
      歴代の愛車もすごいですね!
      ターボは当時はバイクも車もドッカンでしたねえ笑
      その前はポルシェ930ターボに憧れたもんです。

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  2. 今週のジャンプのこち亀にH2R出てました!

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    1. こち亀ですか!
      あの作者の方はけっこうマニアックですからねえ
      ツボにはまったんだと思います!

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