2016年2月6日土曜日

日本を駆け抜けたスーパーカー30年

土曜はジムニー車中泊に出発
(いま健康ランドでブログ書いてます)

アクアリンク千葉でスケート滑ったあと
茨城のサーキットの狼ミュージアムへ
写真200枚以上撮っちゃった(ええっ)

私は小6の時にスーパーカーブームが来た
ド真ん中世代
当時の熱狂たるや、今の妖怪ウォッチ以上だったと思う(笑)

当時子供から見たらスーパーカーは憧れだったけど
当時大人から見たらどうだったんだろう?

私が50歳になる今、もしスーパーカーブームが
この年齢で来たとしたら・・

それはもしかすると大人から見たスーパーカーは
憧れなんかでなく
「ジェラシー」だったかもしれない

世の中のお父さんたちは
子供がみんなカウンタックカウンタック言っちゃって
自分ちの車に見向きもしない
うちのコロナの方がよっぽど日頃活躍してるのに‥
と思っていたかもしれない
私も大人になった今、その気持ちが分かる気がする(笑)

あとは日本車の開発者の方もそうだよね
くそ面白くなかったと思う(笑)

日本車は当時スーパーカーのような
12気筒を作る技術力がなかったと言われてるけど
今日行ったミュージアムだって
立派な日産の12気筒、R382だったかな、が置いてある
(レーサー)

技術力がなかったんじゃなくて
市販車でスーパーカーを出しても
日本の厳しい形式認可を取れなかったと言った方が
正確かもしれない

かくしてその後ずっと
海外の奔放なスーパーカーの後塵を浴びるも
1990年頃のNSXで海外にもやっと「おっ」と言わせ
(特にオールアルミボディがすごかった)
でもまだ自主規制の280馬力止まりだろうとも言われながら・・

しかしついに日本幕府も重い腰を上げ
「大政奉還」
2006年だったかな
歴史的な馬力自主規制撤廃となる

翌年に出た日産のR35GTRは
一気に480馬力を叩き出し
あのポルシェのニュル記録を破って
ポルシェを本気で怒らせたという
日本のインディペンデンス・デイとなった

時は2007年
実にサーキットの狼の連載から30年の時が経っていた・・

という今昔物語ですかね(笑)

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